男はただ掴もうとする。
男は、眼が狂っていた。
小さなものは大きく、大きなものは小さく。
近くのものが遠くへ、遠くのものが近くへ。
恐らく、眼は時々正常に映すときがあるのだろう。
しかし、普段から狂っている眼を持っている男には分からない。
男は恐る恐る掴もうとする。
何を掴もうとしているのか、私に知る手段は無い。
また、男に聞いても「わからない」という、
苦笑を含んだ答えしか返らない。
それはそうだろう。
愚問であった。
男はそれでも掴もうとする。
自分の目のことを知っていながら、何故掴もうとするのか?
私は聞いた。
男は、果てしない憧れを隠そうともせず、
しかし少しだけ切なそうに呟いた。
“つかめそうな気がしたんだ”
男は、ちょっとだけ気恥ずかしそうでもあった。
私は、ひどく、男がうらやましく思えた。
父から受け継いだのは。
王位でもなく。
杖でもなく。
金でもなく。
人だった。
人民の前に出て、初めてそれを理解した。
私の指示で人が苦しみ。
私の無能さで人が死ぬ。
何をしても、何もしなくても、私はこの財産を殺してしまう。
なんて残酷な立場だろう。
鳥肌が立ち、恐怖と悲しみが全身に充満し、涙が止まらなかった。
しかし、それでも。
私は、命令を下すだろう。
少しでも、多くの民が平和と幸せをつかめるために。
殺してしまうと理解しながら、この立場に臨むだろう。